イエスキリストにある希望を届けるホーリーホーププロジェクト
〒272-0826 千葉県市川市真間2-21-6-102
ホーリーホーププロジェクト 伝道者 竹下 力
Holy Hope Project トップページニュース 活動予定と報告聖書からのメッセージ 説教集コラム 日常の中で導かれた聖書のみ言葉などHoly Hope Project についてキリスト教・教会関連のリンク集

holyhope.net / メッセージ

 私(竹下力)が、教会での礼拝や集会の中で取り次がせていただいたメッセージの中から掲載しています。
 イエス・キリストの恵みは、「受けるに値しないのに、無代価、無条件に与えられる」世界です。
 日本人はよくも悪くも、真面目です。真面目はすばらしいことなのですが、真面目も度がすぎると、息がつまり、疲れてしまいがち。
 私個人としては、日本のクリスチャンには、キリストの恵みを、もっともっと味わってもらいたいとねがっています。
 
説教動画のテスト配信はじめました。
初の試みで、Youtubeで説教動画の配信をはじめました。
人前で話すのと、カメラの前で話すのとでは、全く違いますね。。。(^_^;)
まだ慣れていませんが、1話、8〜10分くらいです。どんな話しぶりなのか、ぜひ、ご覧ください。

Youtube 「キリスト教ははじめてという方のために」
 1. 「教会の敷居は高い?」
 2. 「なぜ、聖書を読むの?」
 3. 「なぜ、キリストは十字架についたの?」
ブログでメッセージ。説教から、ちょっとした小ネタまで配信しています。
http://holyhope.seesaa.net/

▼過去のメッセージ一覧
<メッセージ> 聖書箇所
05.10.30 「罪人の仲間」 ルカによる福音書 7:18〜35
 私は普段、旅行会社で働きながら、メッセージの奉仕をさせていただいているわけですが、最近いろいろと考えるところがありまして、いわゆる牧師・伝道師、「先生」と呼ばれるポジションよりも、あくまで一人の人間=「罪人」として語りたいと思っています。
 そう考えるに至った経緯も含めてのメッセージですが、半分は、罪の告白でもあります。ある人たちにとっては、今までの信仰生活のあり方、福音宣教へのアンチテーゼかのように聞こえるかもしれませんが、自分の本当の姿、「罪人」であることをさらけ出していかないと、本当の福音が伝えられることもあるような気がするのです。
 はっきり言って、全く手本にはなりません。…というか、しないでください。^^;
 これは福音宣教に対する私なりの取り組み、私一人の挑戦なのです。

05/7/17 どうしても必要なこと

ルカ 10:25〜42
 忙しさで心を騒がしてしまったといえば、マルタさんが有名ですが、今回は、そのマルタとマリアのエピソードの前に、「良きサマリア人のたとえ」をあわせてお届けします。なぜならば、ルカは「良きサマリア人のたとえ」の後に、あえてこのマルタとマリアの話を挿入しているからです。
 一緒に見ていくことで、実は、このたとえ話とエピソードが、ぐっと身近に迫ってくるのです。
ガラテヤ人への手紙講解 
第1回 「イエス・キリストと父なる神によって」
第2回 「迫害者サウロから使徒パウロへ」
第3回 「命がけの福音」 
第4回 「約束を聞いて信じる関係」
第5回 「私の子どもたちよ」
第6回 「十字架によって与えられた自由 (1)」 
第7回 「十字架によって与えられた自由 (2)」 

第8回 「十字架の主イエスの願い」
第9回 「私の誇り」 
ガラテヤ書
ガラテヤ 1:1〜10
ガラテヤ 1:11〜24
ガラテヤ 2:1〜21
ガラテヤ 3:1〜29
ガラテヤ 4:1〜20
ガラテヤ 4:21〜5:1
ガラテヤ 5:1〜12
ガラテヤ 5:13〜26
ガラテヤ 6:1〜18
 聖望キリスト教会にて、ガラテヤ書の講解説教をはじめました。
 信仰に プラス アルファーをつけて、アルファーが出来ないから、クリスチャンとしての自分に×をつけていませんか?  
 「信じる信仰によって救われる」これが福音の大原則です。信仰 プラス アルファーによる救いではありません。信仰に プラス アルファーがついた瞬間、恵みは恵みではなくなってしまうのです。
 ガラテヤの教会にユダヤ教の背景を持つ指導者がやってきて、「信じる信仰だけでは救われない、割礼も必要である。」と説いてまわり、教会は惑わされていきました。パウロは、感情を露にして、福音の真理を訴えています。そんなガラテヤ書から、福音の恵みのすばらしさ、尊さを味わっていきたいと思います。

05/1/10 主が住まいとされるところ

詩篇22篇
主は「イスラエルの賛美を住まいとされています」という御言葉が有名ですが、しかし、この時、著者は賛美どころではない「我が神、我が神、どうして私をお見捨てになったのですか」という叫びの中にいたのです。
ところが彼は後半になって、突然主を賛美し始めます。
神を見失っていた彼は、どこで主を見い出し、叫びから賛美へと変えられたのでしょうか…。


04/12/21 「今日」という日がクリスマス

ルカ 2:8〜11
イエス・キリストが実際に12月25日に生まれたと言うわけではないんですよね。
だから、12月でなくても、「今日」でもいいんです!?

04/05/23 ヨハネにとっての「パッション」

Tヨハネ 4:8〜10
 キリストの受難を描いた映画「パッション」をご覧になりましたでしょうか。私も見ましたが、あの映画はある特定の感動を与えてくれる映画ではなく、まさに衝撃の映画だと思います。クリスチャンであっても、どう受け止めていいのか言葉に出来ないという方は、少なくないのではないでしょうか。
 私なり(…一応、芸術学部卒)の映画「パッション」を見た見解と、ヨハネにとっての「パッション」について掘り下げて見ました。

04/04/17 宣教命令の心

マタイ28:16〜20
 一般的に「世界宣教命令」、時に「大」までついて「大宣教命令」とまで呼ばれているこの箇所ですが、やや「宣教」が強調されすぎていることもあるように感じます。イエス様が一番大切な戒めとして教えられたことは、「宣教しなさい」よりも、まず「愛し合いなさい」ということなのです。
 十字架を背負って復活したイエス・キリストが、弟子たちに何を託そうとしたのか、その心に迫ります。

04/03/18 能力や成果ではなく心

マタイ25:14〜29
 「タラントのたとえ話」からです。『タラント』=能力、賜物として受け止められているかと思います。いっくら信じる信仰によって救われるといっても、タラントを用いなければ、何もしなければ救われない…かのようにも読めるかもしれません。
 しかし、ここでイエス様が言いたいことは、心、やっぱり信仰なのです。

04/02/08 振り向いたキリスト

マルコ5:21〜34
 「衣の裾にでもさわることができれば、きっと直る!」
 長年、病に苦しんでいた1人の女性はそう信じ、群集を掻き分け、キリストの衣の裾に触った瞬間、病気が治りました。私たちは、この話を聞くときに、彼女の病気が癒された奇跡や、その奇跡を呼び起こした彼女の信仰に注目していくことが多いような気がします。
 しかし、この時イエス様が注目したのは、まず彼女自身でした。群衆の中を振り向いて、この女性を探し始めたのです。

04/01/18 荒野に道を

イザヤ 43:18〜21
 聖書を見ていくと、神様はイスラエルの民を度々「荒野」へと導いています。荒野といえば、水のない、乾ききった生きていくにも厳しい自然環境です。一見すると酷い話のように思うかもしれませんが、死と面している世界だからこそ、「生きる」ということを実感できる、命が輝く世界でもあるのです。

04/01/13 心の絆、心の傷

ヨハネ21:17
 イエス・キリストが捕らえられた時、3度「知らない」と言ってしまったペテロ。そのペテロにキリストは、3度の絆を結ぶのでした。

ページトップへ