聖望キリスト教会■千葉県市川市にある家の教会
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 2005年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 / 市川家庭集会 /  2004年下半期

■12月25日の礼拝■

1994年以来11年ぶりの25日主日の「クリスマス礼拝」。ケンと志保子兄姉により、中央の5本目の太いローソクが点火された。久しぶりに聡子姉が6カ月になった優太朗君を連れて、成澤さんや岩崎夫妻ら礼拝出席計50名(うち子供9名)。
 当日のウォーレン志保子姉妹の奨励要旨は、以下の通り。

□「受肉されたキリスト」(ヨハネ1章1〜14節)□
 ここには明白なクリスマスのメッセージがある(14節)。「ことば」はイエス・キリストである。主イエスが私たちの肉体をもって生まれてくれた。東洋の思想にある「輪廻=りんね。rein-carnation)のように、人間が神に近づくのではなく、神が人間を救い、永遠の友となるために私たちと同じ肉体を纏い、人間に近づいてくれたのである。そればかりか、こんな不誠実な罪深い人間である私たちの中に住んでくれたのである。
 それが「受肉」(incarnation)である。受肉の行為は神の愛以外に他ならない。特に、主イエス・キリストの十字架は、その受肉の“完成”であり、神の愛の“極致”なのである。

□12月の<市川家庭集会>報告□
12月2日(金)夜。羽鳥明先生が「東方の博士たちとクリスマス」(マタイ2:1〜12)と題し霊的説教を。ロング会も。計42名。
12月17日(土)「子供クリスマス会」

◎「子供クリスマス会」(第25回)の報告◎
12月17日(土)。昨年から30分早めて夕方4時半から。暖かな快晴を主にまず感謝した。今年はサンドイッチ作りがなかったため、午後1時半から集まって会場作りや景品の用意などを。初めての方のお手伝いも多かった。
 ケンと志保子ウオーレン兄姉の司会で4時半に開演。荻野兄弟のお話と手品、「アンサンブルひつじ雲」によるミニ・コンサート、CSの子供たちによる「降誕劇」で第1部を終わった。特に初めての降誕劇が感動だった。
 軽食後の第2部は、ビデオ「ミスター元気」で始まり、あとは恒例の数当てゲームやジャンケン・ゲーム、福引きと最高潮に盛り上がり、最後はミニ・ローソクの灯の中で「きよしこの夜」を合唱して終わった。全出席者156名(うち子供と親が120名)。

■12月 4日の礼拝■

 礼拝は子供10名に大人43名、計53名と最高でした。昼食後、「12月誕生者」のウオーレン兄(2日)、登巳子姉(5日)、稲葉姉(10日)、オクサナ姉(18日)、沙耶香ちゃん(20日)、平田姉(26日)の6名が祝われた。
 当日の藤崎信牧師の説教要旨は、以下の通り。

◎「神の家族」(エペソ人への手紙2章11〜22節)◎
 「神のみこころを行なう人はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです」(マルコ3:35)と、イエスはすでに“グローバルな(幅の広い、包括的な)家族観”を大勢の人の前で語っている。
 私たちはみな、「以前は肉において異邦人」(11節)であり、「自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行ない、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子ら」(2:3)であった。しかし、「あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし」(2:5)、「神の家族」の一点として迎え入れてくださったのである。
 神はいかなる「否」(いな)もなしに無条件に「然り」と受け入れて下さる。今や私たちは“喜ばしい身分”つまり“聖家族”なのです。私たちも“御霊による神の御住まい”となるべきです。

■11月27日の礼拝■

 アドベント第1主日。この日ご用の竹下力・静兄姉により1本目のローソクに点火。聖書朗読も二人がイザヤ書60章1節を。また礼拝途中で武夫兄の母コヨ姉が倒れたとの報が入ったが、大事に至らず回復された。子供10名を含め計36名。

◎「ヤボクの渡し」(創世記32章22〜32節)◎
 策略家のヤコブが、自ら祝福を受けるために兄を騙し、父を騙し、結局、得たものは実に孤独であったが、その彼に向け、神は祝福の約束をした(創世記28章)。しかし、それからの人生、順風満帆だったかというと、決してそうではない。
 自分以上に放滑な叔父ラパンのところで騙し騙されながら20年間も働くことになる。いよいよ、ラパンのもとを去り、生まれ故郷に戻るため旅立つヤコブであったが、そこはかつて自分が騙した兄エサウが待つ場所でもあった。兄の怒りと報復を恐れるヤコブは、ヤボクの渡しで一晩主と格闘する。
 格闘を終えたヤコブは、すべての策略を捨て、兄エサウに地に伏してお辞儀をするように変わっていた。
 人生には実にいろいろなことが起き、様々な格闘(葛藤)も起きてくる。しかし、私たちが何ができたからではなく、どんな場合であっても、主は一緒にいてくださるのだ。

◎11月のく市川家庭集会>報告◎
11月4日(金)夜。五十嵐有爾・葉子夫妻。有爾兄の甥の五十嵐恵兄にコーラス仲間の田中久美子も加わった。計27名。

◎来週の礼拝奨励はマコト・フジムラ兄弟◎
 3月13日(日)以来です。今回は、世田谷の「潺(せん)画廊」での「マコト・フジムラ展」(12月3日〜25日)のために来日。山形・仙台を回り、7日(19時30〜.入場無科)には原宿で「パフォーマンス・アート」も行ないます。 市川・大竹宅には10日(土)から13日(火)まで滞在。13日にアメリカに帰国予定です。

■11月20日の礼拝■

7月31日(日)に続き福沢満雄先生を迎えた。子供7人を含め計40名。

●「幼子のように」(マルコの福音書10章13〜16節)●
「神の国は幼子たちのもの」(14節)と、イエスはここで言う。
 大人の基準は、何か出来るか、何を持っているかによってその評価が決まる。しかし、幼子の価値は存在そのものである。子供がそこにいるだけで、素晴らしい祝福を大人たちにもたらせてくれる。不思議な力を与えてくれる。いやしてくれる。ただ存在していることに、凄い祝福があるのだ。
 私たちが天国に入る条件は、幼子のようになること。たとえ何もできなくても、何も持っていなくても、それをそのまま受け入れてくれるイエスが、幼子同様に私たちをしっかりと抱き締めてくれる。それも、腕で抱き締めるだけでなく、優しいことばをもって、また深い眼差し・優しい目で私たちを抱き締めてくれるのだ。私たちも子供に対し、他人に対しそうすべきである。イエスは私たちにそう教えているのだ。

■11月13日の礼拝■

子供9名を含め出席者計41名。当日の大竹堅固兄弟の奨励要旨は、以下の通り。

●「ここは神の家、天の門だ」(創世記28書10〜22節)●
 この個所から作られた不朽の名作である賛美歌320番は、本来、信仰の向上を願う歌である。兄エサウを出し抜いて相続権を得たが、怒った兄を恐れて父の家を脱出し、荒野を逃亡していたヤコブが見た不思議な夢。そして、神のことば…。
 ヤコブは、初めて神が畏れ多いお方であると共に、自分のそばにいて下さるお方であることを悟った。そこでヤコブは「自分が枕にした石を取り、それを石の柱として立て、その上に油をそそいだ」(18節)。つまり、ヤコブはそこに「祭壇を築いた」のである。ヤコブが先人のノア、アブラハム、イサクに倣って行なったこのことが、先人たちと同様に、神から祝福を受ける基となったのである。「祭壇を築く」という本意は、むしろ外見的なことより、神を第一とするという意思表示であり、改めての“信仰告白”と言ってよいだろう。
 私たちも彼らに倣って、たとえ目に見える形でなくても、心の中でも「ここは神の家、天の門だ」と宣言する、はっきりとした信仰告白が折にふれて必要なのではないだろうか。

■11月 6日の礼拝■

 礼拝の中で教会学校の2人が、藤崎信牧師より「祝福式」をしてもらった。子供9人を含め39名。

●「死から命へ」(エペソ人への手紙2章1〜10節)●
「文化の日」の11月になりました。「小さい者こそ大きい」(ルカ 9:48)。弱い人、小さい人を大切にすることが文化です。
 エペソ1章の終わりに「教会はキリストのからだ」とありました。続く2章は、「救いにははっきりとした内容がある」ということです。教会の基本は、キリストによる救いです。
 「あなたがたは、(以前は)自分の罪過と罪との中に死んでいた者」(1節)と、パウロはエペソの人々に恵みの立場を自覚させるために語ります。救いは神の賜物(プレゼント)。だから、自分を救ってくれた神の恵みがいかに大きいかを証すべきなのです。

●「9周年・感謝コンサート」祝福のうちに終わる!●

 11月6日(日)、午後2時前には会場作りも終わり、2時過ぎに到着した出演者の岩渕まこと兄弟とPA担当の竹下力・静兄姉による音合わせも3時には終了。3時15分、岩渕兄も含めスタッフ全員が揃い、祈りをもって、3時半の開場に備えた。あいにく、予報通りの雨が午後から降り始めたが、定員(70名)を超える75名(うち32名が未信者)が集った。
 軽妙な笑いを誘うアドリブとご長女の死を通しての涙の証しをまじえて「父の涙」「パラダイス」「誰かが鐘を鳴らしてる」などオリジナル曲の数々を休みなしに歌われた(アンコール2曲も)。
 終了後、直ちにお茶の時間に。未信者の方々には特に好評であったが、藤崎一枝姉からもすぐに感謝の手紙を頂いた。
「去る主日の岩渕さんのお証詞が耳に残っています。雨の中にご出席した皆様の心の中にも、それぞれの響きが残されたことと感謝します。あの主のあわれみが疲れの中から立たせて下さいました。お一人お一人に主の祝福を祈ります。」

●岩渕まことさんからもお礼のメールが

主の御名を賛美いたします。

この度は皆様のお祈りと準備の内にお招きをいただき、ありがとうございました。お部屋いっぱいの皆様が終わりまで耳を傾けてくださり、ほっとしております。

初めての方も、ご近所の方も、皆様リラックスしておられるようで、教会が地域と出会う方々に信頼されるということがどれだけ大きなことであるかを強く感じさせられました。
交わりの中で、教会の成り立ちを教えていただき、励ましをいただきました。

このような者の歩みもお祈りの端に覚えていただければ幸いです。
皆様のお祈りと奉仕に心から感謝いたします。

まずはお礼まで。

主にありて

  岩渕まこと

■10月23日の礼拝■
○先週の礼拝○
 第28回目の証詞礼拝。今回は、近親の痛いを通して孝子姉妹・久恵姉妹が主の恵みを語った。礼拝出席計39名。

○「夫の手術を通して主の恵みに改めて感謝」(孝子姉妹)○
「9年間動き続けてくれた夫のペースメーカーの取換手術は予期していたことで平静だったが、内視鏡による大腸検査で初期ガンが見つかって、私は動転してしまった。自分の体から力が抜けていくような気がした。神様を信じていながら、不安な毎日が続いた。しかし、夫は全く落ち込まず、私や母の前で常に平静であったのが、何よりの恵みであった。これも主からの恵みと感謝できた。私は受洗して20年になるが、私に出来ることをして、主の恵みを周囲に分かち合いたい」

○「弟・泰司を天に送って…」(久恵姉妹)○
「お酒が大好きで、礼拝に誘ってもいつも裏切られてきた。母が亡くなって独りとなり、更に酒量が増した結果、体調を崩して入院することに。しかし、これも神様の導きでした。
2003年11月7日、前日までアル中の幻覚症状があったのに、その日はしっかりと信仰告白をし病床洗礼を受けた。その後召天までの2年間、ガンの告知と手術、声帯除去、余命宣告も平静に受けとめて一度も不満を言わず感謝していた。神様が弟の苦しみを担い、またその信仰を深めて下さったのだ」

○「岩渕まことコンサート」の申し込みは今週中に!○
11月6日(日)夕方4時〜。定員間近です。最後の勧誘を。

○11月4日(金)の集会(p.m.7:00〜)をも忘れなく!○
 毎年恒例の五十嵐有爾・葉子夫妻。有爾兄弟も今月30日で満82歳になります。ウクレレによる賛美をお楽しみ下さい。

○来月4回の主日礼拝のためにも祈りを!○
 ●11月6日=藤崎信牧師●11月13日=大竹堅固兄弟●11月20日=福沢満雄牧師●11月27日(アドベント)=竹下力・静兄姉。

○来週の礼拝メッセージは藤崎信牧師○
 エペソ人への手紙2章1〜10節より「死から命へ」。聖餐式はありますが、「11月誕生者のお祝い」は次週(13日)に。

■9月25日の礼拝■

 9月最後の主日。竹下静姉妹が最新作“JOY”を特別賛美してくれた。CSの子供7名を含め、礼拝出席者計36名。
 当日の竹下力兄弟の礼拝奨励要旨は、以下の通り。

○「罪人の仲間」(ルカの福音書7章18〜35節)○
 バブテスマのヨハネは、旧約最後で最大の預言者であったが、「罪人の仲間」としての救い主を理解しえなかった。
 だが、神が、新約の始まりに、この旧約最後の預言者を備えたことに注目したい。それは、まず私たちが、取税人たちのように神の正しいことを認める(29節)、言い換えれば、自分が罪人であるということを認める必要があるといえよう。
 新約時代にも、律法ではなく福音を携えて、神の正しいことを指し示してくれる、特別に備えられた神の器は存在しているように思う。しかし、それは誰しもが真似できることではない。だが、たとえ人から「罪人の仲間だ」といわれても、そのために十字架を背負うことになったとしても、罪人の隣りにいて、「俺はお前の友だよ」と語りかけてくれるのがイエスなのだ。そのイエスにより頼み、そのイエスから人を愛することを学んでいきたいものである。

○10月7日(金)の集会(19:00〜)をも忘れなく!○
 聖書の世界を撮り続ける写真家・横山匡兄弟が、今回初めて訪れたレバノンと聖書の関係を最新映像を通して語る。旧約に登場するヘルモン山、香柏(レバノン杉)、ぶどう酒など…。

■9月18日の礼拝■

 今年1月16日(日)以来の宮村武夫先生が、午前の礼拝と午後の「学び会」のご用をしてくれた。礼拝は子供7名に5年ぶりの増田巌兄、初めての葛西秀亮氏ら44名。
 当日の宮村武夫牧師の礼拝説教要旨は、以下の通り。

■「オネシポロと彼の家族」(Uテモテ1章14〜18節)■
 エペソの教会で牧会していた愛する弟子のテモテに宛てたパウロの手紙のこの個所は、本筋的にはエペソの教会が整えられていくための聖霊の大切さを語っている。その意味で、14節は本来2章1節へと続いていくべきものであり、15〜18節はいわばカッコに入れるべき“挿入部分”といってよい。
 しかし、この脱線と思われるところに、横道・寄り道と思われるところに、大切なことが隠されている。私たちの人生の歩みにおいても同じである。これは何も、オネシポロと彼の家族に限った話ではなく、主は私たち一人一人にも同様の恵みの経験をさせて下さるだけでなく、「神のみこころを行なう」(マルコ3:35)“新しい家族”として用いて下さるのである。

■9月のく市川家庭集会>報告■
 9月2日(金)夜。吉持章先生(「平和台恵教会」牧師)がU列王記4:8〜17節より「あなたにも出来る宣教協力」と。出席計25名。

■9月11日の礼拝■
 9月の中旬に入ったが、まだ厳しい残暑が続いている。涼しい伊那から約2カ月ぶりに網野姉妹が戻られた。教会学校も夏休みが終わって、戻ってきた子供と共に活気も復活!クリスマスまでに、さらに新しいお友達が加わりますように。子供9名を含め礼拝44名。
 当日の大竹堅固兄弟の奨励は、今夏訪れた軽井沢と清里の“開拓の父”と呼ばれた二人の宣教師の紹介から始まった。

■「自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい」(ピリピ人への手紙2章4節)■軽井沢開発の父・アレクサンダー・タロフト・ショー宣教師(カナダ出身。1846〜1902)も、清里地区の開発に尽くした米国人宣教師ポール・ラッシュにも自分を犠牲にしての他者への思い、愛の行動があった。
 「愛は論ずるものではなく行なうもの」、「愛は犠牲であり、重荷を共に負い合うこと」。それなくして、大上段に「愛だ、愛だ」と叫んでも、それは口先だけのお題目、机上の空論にすぎない。愛を表わす第一歩こそが今日のみことばである。
 35歳から30年間ハーバード大学の総長を勤めたエリオット博士が、辞任に際して全校生徒を前に語った言葉は今も真理であり、“聖書の精神”そのものである。「ハーバードの若い学生よ、アメリカの青年よ。“Don’t think too much about yourselves”(自分だけのことを考えすぎるな)」。次に続けた言葉がまた素晴らしい。「他人のことを配慮するように習慣づけられた人間になりなさい」と。若者だけでなく、老人にも至言である。
 自分のことだけを考えすぎる。それを少しは他者にも向ける。そのことが愛することの大前提では…。JOY(喜び)は、Jesus→Otbers→Yourselves の順番になって真の喜びとなる。

■小林武夫兄弟、20日から入院.お祈りを!■
 心臓のペースメーカーの取替えと腸のポリプ除去手術を。
■9月 4日の礼拝■

 前日土曜の夜、藤崎先生を囲んで二人の受洗希望者・根井さんと和子さんとのよき“話し合い会”が持たれた。
 4日の第一主日礼拝には、大人35名に、夏休みを終えて戻ってきた計9名の子供たち、合計44名が主に礼拝を捧げた。
 また昼食後、「9月誕生者」の藤崎信師(15日)、竹下静姉(19日)、ジョシュア君(20日)、恵祐君(22日)、吉岡さん(25日)、尾山姉・岩井姉(共に29日)の7人が盛大な祝福を受けられた。夫々に善き一年を祈ります。

■「神の選び」(エペソ人への手紙1章1−14節)■
1996年9月8日(日)に始まった「藤崎信・聖書連続講解」はエレミヤ書(52章)、ヨハネの福音書(21章)、ホセア書(14章)と続き、今月からはエペソ書を1章2回計12回で完読します。
 この手紙はコロサイの手紙と同じように(コロサイ4:16)、一教会だけでなく他教会の礼拝でも回し読みされたとみられる。手紙の特徴は、「教会観」つまり「教会をどう見るか」にある。
 全体の内容としては、@1章が「挨拶と神への賛美」、A2〜3章が「キリストの救いと奥義」(教理的部分)、B4〜6章が「信仰者の倫理」(実践的部分)、C6章21〜24節がr結びの挨拶」である。
 全編に、神の恵みがキリストにおいて満ちあふれており、“神の選び”の素晴らしさにただ驚くばかりである(ピリピ3:8)。
 感謝とは神のなさることを喜ぶことである。神の選びという宝の故に、私たちは悔い改め感謝を捧げる者でありたい。

■8月28日の礼拝■

 猛暑の8月最後の礼拝。午後には7月未に完了した「第9期会計報告・監査報告」がなされ、9年間が主の守りと祝福の中に推移してきたことを感謝した。礼拝出席(子供含め)39名。
 当日のウォーレン志保子姉妹の奨励要旨は、以下の通り。

■「恐れからの解放」(マタイ8:23〜27.ローマ8:35〜39)■
 私たち人間は、誰でも様々な恐れの中に生きている。創世記3章によれば人類最初の歴史から「恐れ」が人を支配していたことが判る。イエスの十字架も人々の恐れから始まった。
 ユダヤ教のリーダーたちも、ペテロも、ユダも、ボンテオ・ピラトも、恐れの心からイエスを十字架へと追いやった。
イエスの十字架には、人間のあらゆる恐れが充満している。
 つまりイエスは、人類のすべての恐れを背負って十字架に架かったのだ。もしその後で、イエスの復活がなかったら、私たちは今だに、“恐れと罪”の中に縛られていたであろう。
 恐れるのは、神が必ず助けてくれるという信頼がないからである。「主よ、助けて下さい、溺れそうです」と叫ぶ時、主は必ず助けてお方である。10年目の航海に入った聖望教会の只中にはインマヌエルの神、真実な助け手、まことの癒し主がいて下さる。それこそが私たちの信仰の核でありたい。

■第1回バザー、成功裡に終わる(8月27日}■
 南大野・西野姉妹のマンション内でのフリーマーケットに初参加。多くの人の献品と協力により収益28,390円。感謝。

口8月21日の礼拝□

 猛暑が続いている。ビデオ「使徒の働き」3章を観賞後、小林武夫兄弟が以下のような奨励をした。また礼拝後、「日立平和行進」(第38回)に初参加した感想も。子供7名を含め計37名。

□「使徒による最初の奇蹟」(使徒の働き3章)□
「美しの門」に生まれつき足のきかない男がいた。その男にペテロは「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」(3章6節)と言って、彼の右手を取って立たせた。癒された男は歩いたり、はねたりしながら、神を賛美した。
 その光景を見て驚きあきれた人々にペテロは、この奇蹟を起こしたのは自分の力や信仰深さではなくてイエスご自身である。そのイエスをあなたがたは無知故に十字架に架けて殺してしまった。だから今、あなたがたは罪を拭い去って頂くために「悔い改めて、神に立ち返りなさい」(3章19節)と告げた。
 キリストは私たちを罪の邪悪な生活から立ち返らせることにより、私たちのうちに祝福のみ業を始められる。イエス様をおつかわし下さり、私たちを祝福して下さった神に感謝。

ロ8月の<市川家庭集会>報告□
 8月5日(金)夜。恒例の「真の夕べのコンサート」。竹下静姉妹が楠章二兄弟のギターと共に10数曲を熱唱。出席40名。

□9月2日(金)の集会(p.m.7:00〜)をも忘れなく!□
 吉持章先生(元、日本同盟基督教団・東京基督教学園理事長、現在、「平和台恵教会」牧師)。最愛の奥様を天に送って一年余。「君と組めて幸せだった」と…。

□8月 14日の礼拝□ 平和祈祷礼拝
 翌日(15日)に60回目の敗戦の日を迎える日、初めての平和祈祷礼拝として、当時の“生き証人”である大内さんと奥野姉妹のお二人が辛い、惨めな思い、理不尽な体験を語られた。平和の大切さが惻々と伝わってきた。礼拝計33名。

□「平和は与えられるものではなく、つくるもの!」□
 マタイ5:9 平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。

 明日で丁度、日本の敗戦(昭和20年=1945年8月15日)満60年を迎える。当時のことが年と共に“風化”されていく中にあって、時代の“生き証人”としての証詞を通して、改めて平和の意味を問い直し、平和のために真剣に祈る時としたい。今年11月に満90歳を迎える大内さんと、来年1月に満88歳になられる静枝姉妹に、当時の貴重なお話を。

□「本当に、平和って大事ですね!」(大内さん)□
「何だかおこがましくて、どういう風に話したらよいか考えてしまいました。私は浅草の真中で生まれ、大正12年の関東大震災の時8つ(小学2年)で、焼け出されて薬種一つ持って上野の山に逃げたのを覚えています。太平洋戦争の時には、子供も2人おり姑もおりましたから、赤紙(召集令状)が来た時には、「これからどうしたらよいか?」と思ってしまった。だが、主人は軽い肺結核だったせいか、厚木の連隊から一人返されてきた。体が弱かった故に助かったのです。東北帝大を出たばかりの私の弟の一人は、3月10日の東京大空襲で死んだ。戦後の惨めな生活を経て、「よくも生きていたな」と思います」

□「戦争はいやだ、戦争はいやだ!」(奥野姉妹)□
「毎年7月が近づくと、何か黒いベールに包まれた様な暗い気分に襲われます。昭和16年7月9日の朝、夫の母が『今日はほうずき市へ行こうね』と誘ってくれました。私は大喜びで支度を始めました。そこへ夫が上がってきて、黙って立っているので「一緒に行きたいわね」と声を掛けると、さっと降りて行ってしまいました。外へ出ると、いつもは泣かない幸正が火のついた様に泣き出して泣き止みません。その日遅く夫に召集令状が来たのでした。太平洋戦争が始まる丁度半年前のことで、出発の朝、夫は幸正のほっぺをつついて『元気で大きくなるんだよ』と。その一言が永久(とわ)の別れに…」
□8月 7日の礼拝□
□10年目のスタート□
 7月未をもって満9年間が恵みのうちに守られたことを、まず主に感謝しよう。8月 7日、10年目最初の礼拝に当たり、改めて、原点ともいうべき「当教会がめざす基本精神」に立ち返りたい。今後も益々「権力によらず、能力によらず、主の霊によって」(ゼカリヤ書4:6)歩む群れであり、また神が私たちに与えてくださった「おくびょうの霊ではなく、カと愛と慎みとの霊」(Tテモテ1:7)をもって、大胆に主を証していこう。

□先週8月 7日の礼拝□
 前日(6日)、5回目の「受洗準備会」を終えられたお二人(根井さんと小林さん)の心は、すでに定まりました。9月に最終的な打ち合わせをし、10月2日(日)に洗礼式の予定。ハレルヤ!
 礼拝出席は6日に帰国したケンファミリーを加え計42名。
 昼食後「8月誕生者」の久保田兄(6日)、神保姉(9日)、佐々木兄・雄祐君(11日)、小林さん(13日)の5人が祝福を受けた。藤崎信牧師の説教要旨は、以下の通り。

□「真理を求める者」(ヨハネ14:1〜7,エレミヤ書29:11)□
 昨夜は市川の花火があり、また睦美姉のお父さんである岩井大三兄の召天日(1999年8月6日)でもありました。かつての集会での岩井兄や育夫兄たちの姿を想う時、この教会は多くの亡くなられた方々の祈りと信仰に与かっていることを深く思わされます。別の言い方をすれば、先に召された方々が、主によって今も用いられているということであります。
 8月から10年目に入った教会に、三つのことを求めたい。1.若い人が中々来なくても、真理を求める者の救いのために多くの祈りを捧げるべきこと、また2.教会は成熟期にある人(40代以降)たちに“悔い改めを迫る姿勢”を堅持すること、そして最後に、3.老いて深める成熟の美しさに満ちた場所であってほしい。そういう人たちが集まり、憩う場所が私たちの教会であってほしい。イエスは、天に私たちの“居場所、、を備えていて下さる方。心を騒がせずに主に信頼して歩んでいこう。

□7月31日の礼拝□

 福沢満雄先生が昨年8月8日(日)以来の礼拝のご用を。唐川姉が出産後初めて礼拝に。また久保田姉の妹さんの山下姉が松江市から上京されて初参加された。梁川兄姉、岩崎さん、子供3名を含め計36名。
 当日の福沢満雄牧師の説教要旨は、以下の通り。

□「信仰生活をエンジョイしてますか」(Tテサロニケ5:12〜24)□
 周りには暗いニュースがあふれ、世界情勢も決して平和とはいえない現在、本当に心から楽しむということが失われつつある。しかしクリスチャンは、そのような時代だからこそ信仰生活をもっともっとエンジョイ(楽しむ)していいのでは…。
 聖書の中には「頑張る」という言葉が一回も出てこない。つまり神様は私たちに「頑張れ!」と一回も言っていないのだ。
 信仰生活は、頑張ることではなく喜ぶことである(ネへミヤ記8章参照)。たとえ喜ぺない状況の中にも、“喜びの宝探し”をしてみると、喜ぺることはある。「もういいよ、ご苦労さん」とイエス様が言ってくれるまで、ゆっくり喜んで歩いてこう。

◎7月24日の礼拝◎

 前日の土曜(23日)の夕方4時35分頃、震度5弱の地喪が市川を襲い、心配した何人かの方々からお電話を頂いた。感謝。
 第27回目の証詞礼拝は、マコト・フジムラ兄弟を通して知り合った、故松田一弘兄弟の夫人・美樹姉妹が長い暗闇の体験を経て辿り着いた“天の御国”の真実を語った。出席者計31名。

◎「ノスタルジア」(へブル11:1−16節)◎
「自分の絵を持ち運びながらイエス様を伝えたいという、私の長い間の夢が叶いました。
 心の傷からか私に結婚願望がなかったため、12年間待ち続けてくれた彼がガンの宣告を受けて初めて、彼が最も大切な人だと気づきました。彼の手術後、私たちは結婚しました。たった5ヵ月の結婚生活でした。
 今年3月に、何かに導かれて彼の回顧展(「HEAVEN一今、ここにある現実−」)を行ないました。7年前に召された彼をただ思うのではなく、そこに聖霊様が来てくれて、皆が天国を見てくれたらいいなと思いました。彼の代表作『十字架』の両側に、自分の作品(一つはマーシー=あわれみ、もう一つはティアーズ=涙)を創りました。深海の暗闇に下った私に対する神様の憐れみと涙をイメージして…」

◎7月のく市川家庭集会>報告◎
 7月1日(金)夜。再び癒された羽鳥明先生が「三つの救い」と題し、救いの深さ・豊かさを語った。告別説教の感。22名。

◎8月5日(金)の集会(pm7:00〜)をお忘れなく!◎
 恒例の「夏の夕べのコンサート」。竹下静姉妹がギターの伴奏(楠章二兄弟)で神の愛を歌う。“心のバカンス”をあなたに。

◎「受洗準備会」(第5回目)は8月6日(土)です!◎
 夕4〜5時。最終回です。聴講希望者もどうぞご自由に。

◎来月4回の主日礼拝のためとお祈りを!◎
 ●8月7日=藤崎信牧師 ●8月14日=平和祈祷・証詞礼拝
 ●8月21日=小林武夫兄 ●8月28日=ウォーレン志保子姉。
◎7月17日の礼拝◎

 朝から暑く、真夏日を予感させる。“梅雨明け宣言”も間近であろう(翌日あった)。そんな暑さの中、竹下静姉妹が自作の「主にすべてを」と、韓国で有名な歌「君は愛されるために生まれた」の2曲を熱烈賛美。ますます成長を続ける静姉の将来が楽しみです!久しぶりの田嶋兄姉、また和子さんの長女・真野さんが初めて礼拝に。出席者計30名。
 当日の竹下力兄弟の奨励要旨は、以下の通り。

◎「どうしても必要なこと」(ルカ10章25〜42節)◎
 自分の正しさを証明しようとした律法の専門家に向けてイエスは、何世代にも渡って差別されてきたサマリア人が、憎しみを超えてユダヤ人を助けるという理想的なまでの愛の姿を指し示した。無差別・無償に与えるアガペ−の愛である。
 一方、ルカは、このたとえ話のあとにマルタとマリアの話を挿入している。初めは喜びと愛から、もてなしの準備をしていたマルタであったが、忙しさのあまり、その心を失ってしまった。実に、私たちの現実に近い姿ではないだろうか。
 イエスの求めていることは、ただ私たちが愛することに尽きる。だが、私たちには時に、それが難しくなるのである。
 しかしイエスは、そんな私たちのことをも「良きサマリア人」のように、いやたとえ話ではなく、歴史的な事実として愛してくれているのだ。そんなキリストの愛と赦しの中で、また一つ愛に生きる者へと変えられていきたいものである。
  このメッセージ本文はこちらで公開しています

◎暑さにめげずに祈りと願いを捧げていこう◎
 ●病いにある方・弱っている方・高齢者のために●夏休み期間中の子供たちのために●集う一人一人の霊肉が守られるように●この教会に関係する諸先生方のために●カナダに帰国中のケン・ファミリーの上に●海外の友のために●整地された教会堂用地が会堂建設まで有効に用いられますように。

7月10日の礼拝

 大人および子供(教会学校)共にお休みが多く、礼拝出席26名。
 当日の大竹堅固兄弟の礼拝奨励要旨は、以下の通り。

◎「最晩年のパウロ」(テモテへの手紙第ニ4書)◎
 新約聖書の約半分を占める貴重な書簡を残した大伝道者の波乱万丈の足跡を辿りつつ、特にその最晩年の姿に迫った。
 今朝の「テモテへの第二の手紙」はまさにパウロの最晩年、彼がいまローマの地で殉教を迎えようとしている時の手紙である。つまり、「使徒の働き」最終章(28章)以後のことである。
 最も愛しまた最も忠実な同労音でもあったテモテに、最後の時が迫りつつあることを、パウロは率直に告白している。パウロの最晩年の姿とその心境が生き生きと伝わってくる。
 この手紙をテモテに書き送った時、すでにパウロはローマの官憲から釈放される望みがなかったばかりか、4章9〜13節から察すると、身辺的にも最悪の状況であった。外見的には、まことに寂蓼甚だしい、孤独そのものの中にあった。
 しかし、そうした苦難・孤独の中に置かれながらも、17〜18節には「永遠の救い」を確信している彼の姿が見てとれる。
 <自分はこれまで我武者羅に働いてきたが、それは所詮、目に見える世界でのこと、目に見えない神の世界・霊の世界がこんなにも無限の祝福に満ちているとは知らなかった!>

◎ケン・ファミリー、無事にオンタリオの両親宅に!◎
14時間のフライト。8月6日までの旅が守られるように。

◎今年下半期◎
 先週午後の「話し合い会」で、今年後半の教会日程表が示された。26回の主日礼拝、6回の家庭集会、大イベントの「満9周年コンサート」、第25回目の「子供クリスマス会」等々が、豊かに祝福されるようにお祈りください。
◎来週は証詞礼拝(第27回)です◎
 今回は及川美樹姉妹。マコト・フジムラ兄が日本を去ったあと、I AM(国際芸術運動)の活動と芸大聖研を今は亡き夫・松田一弘兄と支えてこられた。今年3月の回顧展を機に旧姓に。

7月3日の礼拝

 土曜日(2日)、第4回目の「受洗準備会」も4人が参加して行なわれた。月1回の藤崎先生との出会いは、なぜか楽しい。
 3日の礼拝には、久しぶりの西連寺さん、2度目の澤口姉、伊那から帰られた網野姉にCSの3人、計41名。
 昼食後、「7月誕生者」の五十嵐兄(2日)、佐々木姉(6日)、竹下力兄(16日)、孝子姉(18日)、ソフィアちゃん(19日)の5人が祝福を受けた。
 藤崎信牧師のホセア書最終章の説教要旨は、以下の通り。

◎「わたしは背く彼らをいやす」(ホセア書14章)◎
14章は北イスラエルの「回復と祝福」で締め括られている。もちろん、現実には大国アッシリヤに攻められて滅亡の直前にあった。そして、13章12節にある通り「エフライム(イスラエル)の不義はしまい込まれ、その罪はたくわえられていた」。
 2〜4節は悔い改めの要請である。悔い改める者は神の前にすべてを失うが、またすべてを与えられるのである。神の赦しと愛こそが、ホセアが終末の彼方に見たものであった。この圧倒的な神の愛に守られて新しい生活が始まっていく。
 失われた状態のままで見い出され赦され受け入れられ、そして肯定される。神の御子イエス・キリストが来られたのもそのためである。それが「福音」であり、「よき訪れ」の内容である。「わたしは彼らの背信をいやし、喜んでこれを愛する」(4節)とある。無条件の受容、無条件の肯定。これこそが愛であるというホセアの思いが込められている。幾多の苦難の中に光を見い出した、ホセアの“闘い”もそこにあった。

◎ケン兄弟、6年ぶりに故郷カナダへ◎
 7月12日〜8月6日まで。家族揃っての旅の上に祝福を。

○6月26日の礼拝○

 6月そして上半期最後の礼拝。この半年、昨年からの大きな課題であった教会用地の問題に目途がついたこと、また長年願ってきたCS(教会学校)がスタートしたこと。教会の歴史に残る半期となろう。子供7名を含め礼拝出席者計36名。
 当日のウォーレン志保子姉妹の奨励要旨は、以下の通り。

◎「贖いの神殿」(サムエル記U7章)◎
 この個所は今から神殿(神の宮)を建てようとしている場面で、それを行なうに当たっての重要なことが示されている。
 ダビデは今から3000年前、神のために神殿建設を思い描いた。しかし神は、「あなたがわたしのために建てるのではない。わたしがあなたのために家を建てるのだ」と諭した。ダビデは、何にもまして神こそが贖い主であることを悟り、神殿建設のために自分の出来る限りの準備を捧げたのである。
 聖望教会の基本理念にも「この教会は祈り・仕え・捧げる教会」とあるが、その前に“神の贖い”があり、それが私たちを奉仕に献金へと導く。神殿は神の贖いの場所に建つのだ。

◎マコト・フジムラ兄弟の今年の来日予定◎
 9月に代わり12月1日〜12日まで。この間、即興演奏家・Mamoru君と女優の和泉ちぬさんとのコラボレーション「和解」も行なわれるという。11日(日)の礼拝メッセージを依頼中。

◎来週の礼拝奨励は大竹堅固兄弟◎
 準備祈祷・司会は久保田兄、受付は神保姉、奏楽は尾山姉。

●6月19日の礼拝●

 父の日礼拝。真夏の暑さの中、イースター礼拝(3月27日)以来の吉枝隆邦牧師が午前の礼拝と午後の「学びの会」のご用を。教会のホームぺ−ジを見て初参加された薄口姉や韓さん、それに教会学校の子供7名を含め礼拝出席者計42名。
 昼休みに先生夫妻を会堂用地に案内し、祈ってもらった。

今日は、父の日。
いつも頑張るお父さんたちに感謝をこめて、教会学校の子供たちが、押し花で作った手作りのしおりをプレゼント。

でも、半分…、
 孫を見る「おじいちゃん」の顔になっていたような…(笑)

 お父さん、いつもありかどうございます(^^)♪

●「天にまします我らの父よ」(マタイ6章9〜13節)●
 弟子たちに教えた「祈り」の最初のことばである。イエスはまず、「お父さん」「父よ」と呼び掛けることを教えた。旧約の時代では、天の神の厳しい面が強調され、親しみを込めることなど一般的ではなかった。その意味でも、イエスの教えは画期的である。「お父さん」と呼び掛けることで、「私と物」ではなく、「私とあなた(神)」という関係に即座になっていく。
 さらに、「我らの」(私たちの)と兄弟姉妹と一緒に祈る時、教会全体の「お父さん」になる。私たちは地上にいるが、そこにまた“神の見えない世界”が実在しているのである。祈りを聴いて下さる方を持つことこそが人生最大の秘訣である。

●6月く市川家庭集会>報告●
 「見えますか、子供の心」と題して、小児精神科医の田中哲先生(都立梅ヶ丘病院)が実例をあげて分析してくれた。出席32名。

●7月1日(金)の集会●
 羽鳥明先生。5月に予定していた集会は体調悪化により急遽、榊原寛先生が代役。しかし主によって再び回復された。

●「受洗準備会」(第4回)は7月2日(土)です!●
 夕4〜5時。求道中の方だけでなく聴講希望者もどうぞ。

○6月12日の礼拝○

10日(金)に“梅雨入り宣言”があったが、12日(日)は夏の暑さを思わせる一日。CSの子供8名を含め礼拝出席37名。
 ビデオを見た後の小林武夫兄弟の奨励は、以下の通り。

●「聖霊の働きと教会の始まり」(使徒の働き2章)●
 五旬節の日になり、みなは一つ所に集まっていた。すると突然、激しい風と炎のような分かれた舌が現われ、ひとりひとりの上にとどまり、みなは聖霊に満たされた。そして、聖霊に満たされた弟子たちを代表してペテロが、この地上でイエス・キリストがなさった“大いなる出来事”を語り始めた。
「あなたたちは自分たちが尊敬しているダビデが主と呼び、神が主ともキリストともされたイエスを十字架に架けてしまったのです」と人々に迫った。さらに、「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバブテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう」とペテロは語った。
 このことばを受け入れた者がバブテスマを受け、弟子に加えられた。ここから教会が始まり、すべての民に好意を持たれ、主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。

●唐川夫妻に男の子誕生!●
 予定日(5月29日)から2週間遅れましたが、6月12日(日)の午後3時11分に男の子(3200グラム)が誕生しました。母子共に健やかで、17日(金)に退院しました。名前は“優太朗”君です。本当におめでとうございます。

●山本兄弟、今週新しい病院へ●
12月5日(日)に倒れてから、すでに半年以上が経過しました。この23日(木)には市川市リハビリ病院から千葉市の総合病院に移ります。さらなるお祈りを!

○6月5日の礼拝○

 前日(4日)土曜には、藤崎先生により第3回目の「受洗準備会」がもたれ、根井さん、小林さんの他に4人の信徒も加わって、「聖霊」について学んだ。また夜には、久しぶりに佐々木兄弟が訪れ、先生との良き交わりが持てた。
 5日(日)の礼拝には、先生の三育学院時代の友人が訪ねて来られ、先生と60年ぶりの再会が果たされた。また4年の滞在を終えて帰られる劉さんら礼拝計47人。
 礼拝後、隣接地について大竹能力氏と交わした「売買覚え書き」の内容と今後の方針を、両責任信徒が報告した。
 また昼食後には、「6月誕生者」の藤崎一枝姉妹(19日)と熊田姉妹(29日)のお二人がみんなから祝福を受けられた。
 当日の藤崎信牧師の説教要旨は、以下の通り。

●「イスラエルの死と希望」(ホセア書13章)●
 ホセアは神に「姦淫の女を娶って妻とせよ」と命じられ、その悲哀に満ちた結婚生活を通して神の愛を見い出していった。それはまた、しばしば他の男に走る妻と同様に、しばしば偶像(バアルの神)に走るイスラエル、悔い改めなしに死んでいくイスラエルに対する嘆き・悲哀にも通じていた。
 ホセアが“凝視”しているのは、希望のない、救いのないイスラエルではあるが、また彼はそれを超えたものをも見つめている。民族の死臭を感じつつも、上からの神の力に圧倒されて、苦しみの向こうに希望があることを、しかもそれを神が用意されていることを、ホセアは感じ取ったのである。
 「裁き」とは破局的な運命ではなく、生ける神と出会う機会なのである。私たちはいつも「復活」の神の力の下にある。

○5月29日の礼拝○

 証詞の礼拝(第26回目)。久しぶりのオクサナさんやCS9名を含め礼拝40名。

●「主のよくして下さったことを何一つ忘れるな」(詩篇103篇)●
 今回は、「市川家庭集会」の初期に深く関わってくれた宮園キリスト教会(千葉市稲毛区宮野木町、現在は「日本福音キリスト教会連合」に所属)の三木貞夫牧師夫人である美代子姉妹が、約30年前、自宅を開放しての日曜学校から5年後の会堂建設までの数々の主の御業を証詞してくれた。

 「当時見えなかったことが、今、すべてが神の計画であることが分かる。神の御業を思う時、神様は一人一人に違った道を、必要な道をお与えになる。神様は本当に大きなお方なのだから、私たちはちっぽけでもいいのだ。ただ一致して願い、一途に従っていけばよいのだ」という姉妹の言葉が印象的だった。

 昼食後も美代子姉を囲んで和やかな談笑が夕方まで続いた。またすぐに、美代子姉から次のようなお礼状が届いた。
 「主の聖名を崇めます。先日は、懐かしい市川での礼拝にお招きいただき、皆様と共に素晴らしい主を崇めることができまして感謝いたします。小さな小さな貧しい者で、充分に証詞もできませんで申し訳なく思います。市川の地に始められた主の御業が、また新しい会堂建設へと広げられていく、ピジョンのあるご様子、益々主の祝福が豊かに注がれますようにお祈りいたします。皆様の一致の心と、主を喜ぶ信仰が強められますように。心からの感謝をこめて、御礼まで。」

●本日礼拝後、ただちに「報告会」●
 5月末に、訪日中の大竹能力氏との間で交わした「覚書き」の内容と、今後の方針について責任信徒から報告します。

○5月22日の礼拝○

 15日から来日していた大竹能力兄が準備祈祷会から参加。静姉の特別賛美にも喜んでいた。子供10名を含め出席40名。当日の竹下力兄弟の奨励要旨は、以下の通り。

○「私の誇り」(ガラテヤ人への手紙6章)○
 ガラテヤの教会に入り込んだ指導者らは、自分たちの誇りのために割礼を強制し、福音を曲げてしまった。ガラテヤの人々も、割礼を施すことで、他のクリスチャンと比べて優れているかのような誇りに感じられたのかも知れない。
 しかしパウロは、断乎、宣言する。「私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に語りとするものが決してあってはならない」と。パウロもかつては教会の迫害者、罪人の一人であった。その「私」をも愛し、そのr私」にも愛する心を与えてくれたのは、十字架のキリストに他ならなかった。
 人との比較や評価ではない。たとえどんなに小さくても、この「私」をキリストが愛してくれているので、「私」という存在を大切にする。「私」とは、自分自身のことでもあり、隣人一人一人の「私」という存在のことでもあるのだ。
 このメッセージ全文はこちらで公開しています。

○5月の<市川家庭集会>報告○
 5月6日(金)夜。羽鳥明先生の体調不良により急遽、榊原寛先生が代講をしてくれた。「ロング会」の賛美も。計53名。

○6月3日(金)の集会お忘れなく!○
 田中哲(さとし)先生。「都立梅ヶ丘病院」小児精神科医。自閉症などの発達障害や精神障害から見た“子供の心の世界”。

○「受洗準備会」(第3回)は6月4日(土)です!○
 夕4〜5時。求道中の方だけでなく聴講希望者もどうぞ。

○来月4回の主日礼拝のためにお祈りを○
 ●6月5日=藤崎信牧師●6月12日=小林武夫兄弟●6月19日=吉枝隆邦牧師●6月26日=ウォーレン志保子姉妹。

○ 5月15日の礼拝○

 ペンテコステ礼拝。五旬節(「七週の祭り」)、あるいはキリストの復活から50日目に“聖霊が降った日”を記念して“聖霊降臨日”(祭)ともいわれる。教会の誕生日である。4月から始まったCS(教会学校)も10名の子供たちと1人のお母さんの参加の下に祝福の礼拝が持たれた。子供10名を含めて礼拝出席計37名。
 当日は、大竹堅固兄弟が過去3回の関連奨励の要約をまじえて、ペンテコステの出来事を聖霊の働きを通して語った。

○「すべてはペンテコステから始まる」(使徒の働き 2章40〜47節)○
 2章14節から39節まではペテロの最初の説教といわれる。
 ダメ弟子の代表であったペテロが、イエスの約束通りに、聖霊を受け、力を与えられて「キリストの証人」として突如、大胆に語り始めたところである。まさに聖霊がペテロをして語らせているとしか言いようのない“奇跡の説教”である。
 しかし、主イエスの約束(1章8節)の通りに聖霊を受けて力を与えられたのはペテロだけではなく、ペテロと一緒に祈って待っていた「120名ほどの兄弟たち」(1章15節。女性たちもいたはずで、それ以上の人たち)全員も聖霊を受けたのである。これ以後、これらの人たちが「キリストの十字架と復活の証人」として、聖霊の炎となり、火の玉となって福音を携え各地に散って行くのである。
 その後、紀元313年に、最初のクリスチャン・ローマ皇帝のコンスタンティヌス1世(303〜337)によって、キリスト教が公認(「ミラノの勅令」)されるまで、キリスト教徒への迫害は続く。
 しかし、12使徒を含む約120名を先頭に、その後も続々と連なった「キリストの証人」たちによって、家の教会を通し、あるいは地下に潜りつつもキリストの教えは“燎原の火”のごとくに広がっていく。いかなる迫害も、いかなる妨害もこれをとどめることは出来なかったのである。主役が聖霊故に…。

○来週の証詞会は三木美代子姉妹です!○
 現在、宮園キリスト教会(日本福音キリスト教会連合)の三木貞夫牧師の夫人です。約30年前、自宅を開放しての「日曜学校」から教会が誕生した。初期の教会形成までの過程を語って頂く。

○5月 8日の礼拝○ <母の日>

「母の日」礼拝で、久しぶりに竹之内圭子・大渕光子両姉妹が、歌とピアノで特別賛美を捧げてくれた。圭子姉妹は、前後2回に分けて、@天使の糧、A我が母の教えたまいし歌、B陶器師イエスよ、CThe Prayer(祈り)の4曲を、光子姉妹は「やすけさは川のごとく」をピアノ演奏してくれた。
 また、この日はCS(教会学校)との“合同礼拝”でもあり、子供たちが英語で“Jesus Loves Me”を歌ってくれた。子供6人を含め、金曜の集会に続いて来られた平塚さん、小林さん、川田さんに、榎本さんら出席者合計45名。
 礼拝後、お母さんおよびお母さん的存在の方々にカーネーションが贈られた。また全員が手をつないで祈り合った。
 当日のウオーレン志保子姉妹の子供へのメッセージは、写真や指紋なども使って分かりやすく、大人にも好評だった。

○「神さまに感謝します」(詩篇139篇13〜14節)○
 神さまは私たちのすべてを創られました。頭のてっぺんから爪先まで、目や鼻や口も全部、神さまがお母さんのお腹の中で創ってくれたのです。私たちの指の指紋を見ても解るように、一人一人は世界でたった一人しかいない、大切な掛け替えのない存在として神さまは創られ、愛してくれています。
 神さまの愛は、私たちが悪いことをしたから「もう愛さない」「もう知らない」と顔を背けることは決してないのです。
 神さまは私たちをどこまでも愛してくれて、私たちが悪い心で苦しまないように、神さまの独り子であるイエスさまを私たちに与えてくれたのです。イエスさまの十字架の血によって私たちの心が白く純粋になり、愛に満たされるのです。
 神さまが私たちを創ってくれたこと、そして私たちを愛してくれていることに心から感謝します。この「母の日」、お母さんが10カ月間も私たちをお腹に入れて育ててくれたことに感謝します。「ありがとう!」という言葉のあるところには喧嘩(けんか)も戦争(せんそう)もありません。平和があるのです。

○5月 1日の礼拝○

 4月27日(水)の朝祷会が終わったところに、大内さんが息せき切って入って来られた。道路を挟んでお隣りの綱中さんが「教会に行ってみたい」と言ってくれたという。
 「それなら、土曜日の勉強会にいらして藤崎先生と顔合せをなさっておいたら…」と勧めると、早速お二人は30日(土)から参加。根井さん、小林さんらと一緒に先生との良き学びの時を持たれた。1日の礼拝にも引き続いて出席された。ハレルヤ! 教会学校の子供7名を含め礼拝計45名。
 掘ってきた美味しい竹の子御飯の後、「5月誕生者」の根井さん(2日)、小林兄弟(3日)のお二人が祝福を受けた。
 当日の藤崎信牧師の説教要旨は、以下の通り。

○ 「放蕩息子の帰還」(ホセア書12章)○
 “緑の伸びる朝”(伊藤整)の頃となりました。私たちは何に向かって伸びるのか? 神に向かって伸びていきたいもの…。
 さて、ホセア書の12章から最終の14章までは「総括的な預言集」といわれています。北イスラエルの滅亡後、ユダに逃れていった人たちによって編まれたといわれ、一言でいえば「神に還ることの祝福」(救済の預言)が述べられています。
 私たちの理想は“頌栄的生涯”(神の栄光を嘗め称える生涯)であり、そのためにはまず「神に立ち返る」ことが必要です。「背信」(神に背く)は、人間にとって一種の病気です。そして、悔い改めは以前の状態(私たち自身)に還るのではなく、神に還ることです。
 その意味で、「放蕩息子の帰還」を語ることが私にとっての“頒栄”なのです。放蕩息子は本心に還りました。それは神の愛によってで、これこそが新しい契約の中心内容なのです。

○将来のビジョンに向かって心を一つに〇
 礼拝後、小林兄から土地購入について報告があった。
 中には反対意見もあることも伝えられ、そのことを念頭に置きつつ、祈りながら前進していくことを確認した。

4月24日の礼拝

 5月未の出産に備えて里帰りした唐川姉妹が、この週から暫くご一緒に!また楊姉妹のあとに入られた傅さんが初めて礼拝に参加。CSの子供9人を含め出席計41名。
 当日のウオーレン志保子姉妹の奨励要旨は、以下の通り。

○「献金の理解」(Uコリント9書1〜15節)○
 教会10年目を前に、CS(教会学校)のスタートや会堂用地の確保といった新しいビジョンが与えられている。主がこれからこの教会をどのように導き、成長させてくれるのだろうか。
 Uコリントの8章、9章から日本の教会でタブー視されがちな「献金」について、その大前掟・エッセンスを学びたい。
 まず8章1〜5節にあるように、捧げる相手は主であること(5節「まず自分自身を主にささげ」)。次に、9章7節にある通り「ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおり」なしたということである。献金の額が多い少ないではなく、自分が出来ることを喜んで捧げていくことこそ主は喜ばれるのである。主は私たちの心を見られるのである。

○会堂用地のための献金:途中経過○
 会計担当の方からお願いしておりました協力同意書のご提出、ありがとうございました。4月27日現在、予想をはるかに超える額が外部の人をも用いて寄せられています。5月15日の大竹能力氏の来日までに更に必要が満たされますように!

○5月6日(金)の集金をお忘れなく!○
 予定していた羽鳥明先生の体調不良により急遽同じPBA(太平洋放送協会)の榊原寛先生が来てくれます。是非お出掛けを。

 4月17日 の礼拝

 4月からスタートしたCS(教会学校)には毎週、新しいお友達が加えられています。先週も小学3年生の2人が初参加(10人の子供を含め、礼拝出席計43名)。今後が楽しみです。しかし、早晩、アパートの一室では手狭となること必至です。隣接地の確保は、この間題も含めての神の配慮(ご計画)の中の事だったのです。
 当日の大竹堅固兄弟の奨励要旨は、以下の通り。

■「千代(せんだい)の恵み」(出エジプト記20章6節)■
 モーセ「十戒」中の第2戒後段のことばです。神のスケール雄大な恵みの約束に圧倒されると共に、自分のような者も、今その恵みの中に入れられていることを思うとき、神の破格の扱いに身の震えるのを覚えるのは、私だけでしょうか。
 ペテロも同じようなことを述べています(使徒の働き2章38〜41節)。ペテロが言う「この約束」の対象は、第一に「あなたがた」、第二に「その子どもたち」、第三に「すべての遠くにいる人々」というのです。ここにも出エジプト記20章6節のことばと同様に、子々孫々・すべての人への神の遠大な約束があります。
 私たち主を信じた者は、時間的には千代の先まで、空間的には地の果てまでも神の祝福を保証された者なのです。神が約束している将来の祝福・恵みをただ信じていきましょう。

■“キリストの証人”田原米子姉、天に帰る!■
 4月18日(月)夕方5時過ぎ自宅にて急逝。昨日午前11時より市川市斎場で告別式があった。6月12日に偲ぶ会の予定。

■「受洗準備会」(第2回)は4月30日(土)です!■
 夕4〜5時。求道中の方だけでなく聴講希望者もどうぞ。

■本日、山本兄弟のお見舞いに■by管理人
 今日、兄弟姉妹と共に山本兄弟のお見舞いにいってきました。
 元気なご様子で、麻痺した右側の手足も少し動かせて見せてくれました。
 教会にも来てくださったリハビリ技師の成沢さんにビシビシ鍛えられているとのこと。「教会のどなたかが甘やかさないようにか何か、きっと言ったんでしょう!」との冗談も。ご子息も成沢さんの指導を受けてリハビリに協力してくれているとのことで、大変うれしそうでした。
 今のリハビリテーション病院は3か月間しかいられないので、近い内に千葉の総合病院に転院する予定。
 今後のために、またご家族のためにも引き続きお祈りください。


 4月10日の礼拝
 満開の桜をはじめ花々が咲き乱れ、新緑が勢いよく萌え出る季節。私たちの教会にも、主が新しい息(風=聖霊)を吹き掛けて下さっているようだ。2日(土)から始まった「受洗準備会」、3日(日)から正式にスタートした「CS(教会学校)」、そして将来の新会堂へのピジョンをより鮮明に描かせてくれる更地となった隣接地…。現在に甘んじるのではなく、将来の恵みの業をもたらす種蒔きに励んでいきたい。CSを含め礼拝38名。
 当日の小林武夫兄の奨励は、ビデオを使って以下の通り。

■「新しい始まりと欠員の補充」(使徒の働き1章)■
「使徒の働き」は「ルカの福音書」と同じルカによるもので、イエス昇天後の初代教会発展の様子を記したものである。
 十字架に架かられた主は復活され、40日の間、弟子たちに現われ神の国のことを語った。また、ご自分が生きていることを弟子たちに明らかにされた後に、宣教計画を示された。
 「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたはカを受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります」(1:8)。
 イエスの宣教計画を受けた弟子たちは心を合わせ、祈りに専念した。また、主を裏切ったユダに代わり、イエスの“復活の証人”となる使徒の補充(新使徒マッテヤの選出)がなされた。。

■竹下豊兄(カ兄のお父さん)の手術、無事に終わる!■
 4月5日に大腸ガンと告知された兄弟は、13日(水)の手術を平安のうちに受け患部40センチを切除した。術後の回復の上にお祈りください。
■4月3日の礼拝■
 火曜日から続いた初夏を思わせる陽気で、蕾の固かった桜も一気に開花から満開を迎えた。また、教会角のクレマチス(アマンダ)が白い花をびっしりと付け、芳香を放っている。
 前日(2日)の「受洗準備会」には、横井さん、小林さんの他に4人の兄弟・姉妹が藤崎信先生の話に耳を傾けた。
 3日(日)から正式にスタートしたCS(教会学校)には、10人の子供と2人のお母さんが参加した。CS(15名)を含め計48名。
 礼拝後直ちに、更地となった隣接地(能力氏の土地)に入り、手を繋いだ円陣の中で、小林武夫兄と藤崎牧師が祈りを捧げた。
 昼食後、「4月誕生者」の太田さん(13日)、楊姉(22日)、能力氏(23日)、佐和子姉(24日)の4人の誕生を祝った。

■「あわれみに胸を焼かれる」(ホセア書11章)■
 この章はホセア書の中心で「主の愛」が語られている。「あわれみ」(2:19、11:8)、「誠実」(4:1、6:4、6:6)などと訳されているへブル語の「へセド」という言葉は、ホセア書に特徴的で、誠実で不変な神の愛を示す語である。愛してもすぐに裏切る“忘恩な者”に対して、神は忍耐の愛を示し続けるのである。
 あわれみというのは、同情のように他から引き起こされるものでなく、神ご自身から出たもので神の主権の中にある。
 ここを読むと、人間は自らの意思で行動する主体である前に、神の“憂慮”の対象であることを深く思い知らされる。
「わたしはあわれみで胸が熱くなっている。わたしは燃える怒りで罰しない」(8〜9節)と。神は人間の思いでは到底表わせない深い愛のお方で、その決意に私たちの胸も揺さ振られる。

■竹下豊兄弟(力兄のお父さん〉の上にお祈りを!■
 4月4日(月)に大腸検査のために入院し、5日に大腸ガンと診断された由。13日(水)に手術の予定。お祈りください。

3月27日の礼拝

 復活日=イースター礼拝であった。Hi−B.A.の一宮キャンプに前日まで行かれていた吉枝隆邦牧師が、イースター・メッセージをされた。そのあと、CSの子供たちによる手話付き賛美(「主は今生きておられる」)と聖句暗証には感動した。礼拝計35名。
 また昼食後、吉枝先生ご夫妻が山本兄を見舞われた。

■「私たちの復活」(エゼキエル書37章1〜10節)■
 日本のクリスチャン人口はわずか0.6%。先進国の中で、これほど低い国は他にない。今朝の聖書個所にあるように、神はこの枯れた骨が生き返ることを望んでいるだろうか。
 もちろん、望んでおられる。主イエス・キリストは、ご自分の教会が力がなく、空しく過ごすことを望んではいない。社会に対しても教会が力強く行動し、発言することを望んでいるはずである。エペソ1:20〜22と3:20〜21にあるように、キリストに栄光が帰せられるのは教会によってである。
 枯れた骨が生き返るためには、神のことばが必要である。一人一人が「主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ」(詩篇1:2)ようになったら枯れた骨は必ず生き返る。
 次に必要なのは、5節にあるように「息」といわれる聖霊の働きである。私たちの中に神の息(聖霊)が吹き込まれた時、初めて私たちはキリストの証人として生きることが出来る。

■礼拝終了後、隣接地に集合!■
 いま私たちに主が与えようとされている大竹能力氏所有の土地が更地となりました。ピジョンを持って祈りましょう。

●うれしいお知らせ
 リハビリを続けている山本兄弟ですが、今まで麻痺のため全く動かなかった左手で、グー・チョキ・パーができるようになったとのことです。
3月20日の礼拝

 嬉しいことに、山本兄弟のリハビリに当たられている理学療法士の成沢一枝さんが、兄弟の勧めで初めて礼拝に参加された。また、その時に感じた率直な印象を先週のうちに寄せられた。礼拝計36名。
 当日の竹下力兄弟の奨励要旨は、以下の通りである。

□「十字架の主イエスの願い」(ガラテヤ人への手紙5:13〜26)ロ
 キリストは、自らの十字架の犠牲と引き換えにしてまで罪の赦しと自由を与えた。なぜか。命令や強制によって「正しい」ことはできたとしても、「愛する」ことはできない。愛は、自分の心から自由、自発的に出てくる想いだからである。それが個々の賜物と結び合って、様々な行為が生まれる。私たちが自分らしく愛するためには、自由が必要だったのだ。
 私たちに愛を教えてくれるのは、ただ愛である。まずイエス自身が十字架によって、その愛を注いでくれた。御霊(みたま)もまた、このイエスを指し示す。たとえ欠けだらけの私たちであっても、御霊によってキリストの愛が心に注がれる時、「御霊の実」(愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制)も結ばれてくるのである。
 この個所の内容は、主イエスの最後の晩餐での説教(ヨハネ13〜16章)と重なっている点が多い。私たちが愛し合うこと、それはまさに十字架を背負った主イエスの願いなのだ。

 メッセージの全文はこちらで紹介しています。

3月13日の礼拝
11日(金)から滞在したニューヨーク在住の画家兼信徒伝道者のマコト・フジムラ兄弟が一昨年12月以来のメッセージを。田島夫妻ら礼拝計37名。

口「“仲間はずれ”の信仰」(Tコリント1:26〜31)□
 今日の聖書の個所は、時に日本人に大切なことを教えています。それは“仲間はずれの信仰”です。日本人にとって、大きな心の戦いは「仲間はずれになりたくない」という心です。
 しかし、聖書はこの世の乱れた歪んだ世界・文化から逃げ出すのではなく、エレミヤ29章にあるように、そこに住み込み(潜り込み)、そこを再生(リニューアル)させることを求めています。楽園で始まり、「街」で終わるのが聖書の摂理なのです。
 私が住むニューヨークを流れるハドソン川の浄化に生涯を捧げたフレッド・ダンパック氏の話が正にそれです。彼は流域のアナコンダという工場で働いていましたが、友達の漁師から魚が獲れなくなり困っていることを聞き、汚染物質を流す会社に苦情を訴え続け、ついには一番低い身分の掃除人にまで降格させられます。しかし、それによって彼はすべての部屋に入れる鍵を持つことになり、10年以上にわたって、詳しいメモをとり続け、それが動かぬ証拠となったのです。
 パウロがここで言っているように、正に神は「無に等しいものを選ばれたのです」(28節)。その結果、ダンパック氏のように、この世の罰を受け、掃除人にならなければならないこともあるのです。正しいことや将来に恵みをもたらす業を行なうためには、彼のような犠牲と覚悟がまた必要なのです。

3月 6日の礼拝
 嬉しいことに、2カ月ぶりに藤崎一枝姉が病い癒されて、元気なお顔を見せてくれた。劉さんら礼拝出席計43名。
 昼食後、「3月誕生者」の西野姉(13日)、久保田姉(14日)のお二人が祝福を受けた。その後、藤崎信先生をはじめ多くの方々が入院中の山本邦昭兄を見舞い、励まされた。

口「恵みの業をもたらす種を蒔け」(ホセア書10章)□
“アモスの義、ホセアの愛、イザヤの聖、エレミヤの真実”と謳われているように、預言者ホセアは、背く民を神がどこまでも捨てずに愛して下さることを信じ、それを唱え続けた人であった。そして、いつも苦難の中に光を見い出した人。
 次の11章がホセア書の中心となるが、その前章である10章は、@1〜10節までが「イスラエルにのぞむ罰」、A11〜15節が「主を求める時が来た」といった内容に区分される。
 1節で、北イスラエル最後の繁栄期にあった国と民が、豊かになった故に神ならぬものを拝み、堕落してきたことを明らかにし、「その二心は窮せられる」とホセアは警告する。
 そして、ホセアは「今が、主を求める時だ」(12節)と呼びかける。神は、背く民になお救いの道を備えて招いていて下さる。今からでも遅くはない。「正義の種を蒔け」(12節)と。

□CS教会学校が4月からスタート!□
 幼児から小学生を対象としたCSが4月3日(日)からいよいよ始まります(10:30〜11:30)。ケン&志保子夫妻が責任者となりますが、多くの助けが必要です。ご協力をよろしく!

□4月からの「受洗準備会」へどうぞ!□
 2日(土)夕4〜5時。藤崎先生が信仰の基本を解説(5回)。

2月27日の礼拝
 2月も主に守られて、最後の主日を迎えることが出来た。佐々木卓也兄の作品に魅せられた繁田姉が初めて礼拝に参加。礼拝後も佐々木姉との話や卓也兄のビデオに感動して帰られた。また、豊田君が大学受験の試験を終わって、久しぶりに元気な顔を見せた。根井さん、小林さんら礼拝出席計36名。
 当日のウォーレン志保子姉妹の奨励要旨は、以下の通り。

□「キリストの平安」(ヨハネの福音書14章27節)□
 受難節第3週の今朝、キリストが十字架の死を前にして、愛する弟子たちに語った「平安」について考えてみたい。
 ヨハネの福音書の14章前後を読むと、平安について、イエスと弟子たちとの間には大きなギャップがあることが判る。
弟子たちにとって、平安とはこの世が与える平安を意味していた。一方、14章27節ではっきり断言しているように、イエスの平安は、そのような外的な平安ではなく、病の中にあっても、逆境の申にあっても決して変わらない“内的平安”、私たち人間の魂に与えられる“救い”を意味していたのである。
 愛する娘を北朝鮮に拉致された横田早紀江姉妹の証詞にもあるように、キリストの平安には、不安を期待に変え、嘆きを感謝に変えるといった、信じられない力があるのである。
 聖書は、キリストを信じるすべての人にこの平安が与えられることを約束している。これこそがイエスの救いである。

□洗礼を希望する方は「受洗準備会」へどうぞ!□
 4月から、藤崎先生による「受洗準備会」を始めます。毎月第一土曜日(5月のみは4月30日)の午後4時から5時まで。5回の予定。まだ迷っている人も、とりあえず参加してみて下さい。

□藤崎先生と山本兄弟のお見舞いに by 管理人□
 3月 6日の礼拝後、藤崎先生をはじめ、数人の兄弟姉妹とともに山本兄弟のお見舞いに。麻痺した左腕のむくみが、かなり良くなっていました。限られた時間ですが、冗談も交えて楽しくおしゃべりをしてきました。

 一方、小林武夫兄弟が脈拍が多く、血圧が高いとの事。風邪が原因ではないかとのことですが、兄弟のためにもお祈りください。
2月20日の礼拝
 腸閉塞で入院していた奥野兄が3週間ぶりに元気なお顔を見せられた。CS(教会学校)組8人を合わせ礼拝出席33名。
 大竹堅固兄弟が、先日の「房総聖会」での吉持章師の3回の講義を要約して紹介したあと、以下のような結論を語った。

●「主の名を呼び続ける者」(ヨエル書2章28〜32節)●
 「夢と幻のある人生」という主題の下になされた吉持先生の3回の講義は、聞く者に大きな励ましとチャレンジを与えてくれた。私たちクリスチャンは、どんなに年を取っても、老人になっても、主のご用は尽きることがないのである。
 昨年は台風・地震・津波と“天変地異”が地球規模で起きた。
私たちもいつ、そこに巻き込まれるか知れない。突然に、いのちを奪われるか分からない。しかし、私たちは慌てる必要はない。私たちのゴールは決まっている。天国がゴールである。ただ、死の寸前まで主の名を呼んでいればよい。それだけで、どんな死に方をしようとも、主は必ず私たちの霊を天国に引き上げて下さるのである(ヨエル書2:32)。アーメン!

●「20周年を新会堂で」を合い言葉に前へ進もう!!●
 午後から、第9期上半期の会計・監査報告がなされた後、昨年からの重大課題である会堂用地の取得および新会堂建設のための目標案が提示された。十分に検討の上、ご英断を。

●2月の<市川家庭集会>報告●
 今年最初の集会。福沢満雄先生がTコリント9:24〜27より、「朽ちない冠をあなたに」と励ましの説教を。出席者計26名。

●3月4日(金〉の集会(PM7:00〜)をお忘れなく!●
 影山範文師。明快で力強いメッセージがあなたを変える。

●来週の礼拝メッセージは藤崎信牧師●
 ホセア書10章より「恵みの業をもたらす種を蒔け」。また聖餐式、そして昼食後に「3月誕生者のお祝い」もあります。

●山本兄弟のお見舞いに行ってきました by 管理人●
 2月27日の礼拝後、小林兄、奥野兄、網野姉とともに山本兄弟のお見舞いに行ってきました。
 言葉もはっきりしていて、車椅子も一人ですいすいとコントロールしていました。
 本人は時間の記憶(認識)がうまくできないと訴えておりましたが、お見舞いの後にあるリハビリの開始の時間も把握していたので、これも大きな障害にはならないでしょう。
 ただ当然のことながら、麻痺の現実に対して葛藤や不安もあるようで、しきりに「電車に乗れるようになるかな…」ともおっしゃっていました。しかし、左半身は麻痺しているものの、右半身はしっかりしているので、今後の訓練によって筋力とバランス感覚が身につけば、一人で歩行する事も十分可能かと思います。
 兄弟が希望をもって、訓練に励めるようにお祈りいただければと思います。
2月13日の礼拝
 体調を崩されて、お休みの方が多かった。幸正兄弟が腸閉塞で先々週入院されたことを、日曜日の朝に静枝姉妹から聞いて驚いた。しかし、手術にも至らず、15日(火)無事に退院された。真間の小林さん(「ウオーレン・イングリッシュ・スクール」に通っている生徒のお母さん)が初めて礼拝に参加された。出席者28名。
 小林武夫兄弟がビデオ『マタイの福音書』から4つの場面を抜粋して上映したあと、以下のような奨励をした。

●「山を動かす信仰」(マタイの福音書21章18〜22節)●
 マタイの福音書には、主イエスからその信仰をほめられた3人の話が記されている。百人隊長(8:5〜13)、カナンの女(15:21〜28)、長血の女(9:20〜22)である。それぞれが「あなたの信仰は立派です」と主からほめられ、その願いを叶えられた。
 それらの評価の基準は、3人とも主イエスに対しての絶対的な信頼である。イエスは言われた。
 「もし、あなたがたが、信仰を持ち、疑うことがなければ、いちじくの木になされたようなことができるだけでなく、たとい、この山に向かって、『動いて、海にはいれ。』と言っても、そのとおりになります。あなたがたが信じて祈り求めるものなら、何でも与えられます」(マタイ21:21〜22)と。
 聖望キリスト教会には、いま、隣接の土地購入というピジョンが与えられている。山をも動かされる主イエスに、全き信頼を持って、祈っていきたい。
2月 6日の礼拝
●レント(受難節)に入る!●
 教会暦によると、今年は2月9日が「灰の水曜日」。3月26日(土)までの40日間(主日を除く)を「四旬節」(「レント」あるいは「受難節」)という。主イエスの十字架の受難を思って過ごす期間である。

●2月 6日の礼拝●
 藤崎信先生は前日の土曜日に来られたが、一枝姉妹は未だ体調が回復せず、日曜の朝お顔を見ることが出来なかった。さらにお祈り下さい。訪問看護のお仕事をしながら将来、宣教師をめざす浜姉が初めて参加された。礼拝計37名。 昼食後、「2月誕生者」の網野姉(10日)、大竹兄(25日)、大家姉・五賀姉(共に28日)4人が祝福を受けた。

●「希望に満たされた年を送ろう」(ホセア書9章)●
 ホセア書全体は「愛」を表わしている(rホセアの愛」ともいわれる)が、この9章は「捨てられる民」といわれる章である。細かく内容区分すると、@1〜6節が「警告」、A7〜9節が「預言者の憎しみ」、B10〜17節が「さまよう者になる」である。
 ここを読んで感じるのは、神と人間との関わりの深さである。しかし、人間はなぜ神から離れていくのか。そこに、人間の深い闇がある。「捨てられる民」となる原因のすべては、神に聞き従わなかったからである。そして、異教の神に従う者には必ず裁きが下され、他方、どんなことがあっても、神に聞き従う者には神はまた必ず祝福を与えられるのである。

●「第25回房総聖会」恵みのうちに終わる!●
 2月10日(木)〜11日(金)、鴨川「黒潮荘」で行なわれた今年の聖会には11名が参加。「夢と幻のある人生」という主題の下に、講師の吉持章師(流山市の「平和台恵教会」牧師)が3回の連続講義を。出席者全員が大きなチャレンジを与えられた2日間だった。

●来週午後、「半期会計報告」と「話し合い会」●
 第9期(2004年8月〜2005年7月)の半期会計報告と、懸案の会堂用地の取得(→会堂建築)のための「協力要請案」を提示します。

●山本兄の今後のリハビリの上にお祈りを!●
 小林兄、佐々木兄がそれぞれお見舞いに。麻痺した左腕のむくみがひどい様子。しかし、本人は前向きにリハビリ取り組んでいるとのこと。訓練士による訓練の他、自主トレで廊下を歩く練習も行っているとか。横にいてくれる人(リハビリのためなので介助は不要)を必要としています。
1月30日の礼拝
 1月最後の礼拝。5週月に当たり、証詞礼拝(第25回目)であった。今回から「救いの原点に帰る」と題し、一人一人が主の救いに与かった日を思い出し、その喜び・恵みを語ってもらうことに…。第1回は中田姉と佐々木姉。
 ケン宅でのCS(教会学校)組7人を含めて、礼拝出席計37名。

●「驚くべき豊かな恵みの中に」(詩篇13:5〜6節)(中田姉)●

「詩篇13篇5〜6節は、私の夫が最後に遺した宝です。夫は強い人で、多くの試練を乗り越えた未に到達した平安がこの聖句に込められている。最初は十分に理解出来なかったが、今は素直にこれを受け取れるようになった。
 私の救いの原点になった個所はマタイ6章で、特に25〜26節にきて「こんな私でも豊かに赦し、愛してくれる方がいるのだ」という安堵感を覚えた。私は夫とは違って弱く小さな者なので、神様はこの聖句で私を守ってくれたのだと思う。
 こうして1998年5月29日夫は召天し、教会での葬儀を経て私も同年12月20日に受洗。日々に主の恵みを味わっている」

●「神様の尺度で生きることを決意」(ピリピ2章=佐々木姉)●

「私が初めてキリスト教を意識したのは21歳の頃で、大学に通うため岩手から上京し兄の家に居候した。そこで辛いことがあり家を出ることに…。その時、ある女性が私を慰めてくれ、贈ってくれたのが皮のブローチと内村鑑三集だった。
 しかし、私はすぐにはクリスチャンになれなかった。これでもか、これでもかと砕かれる必要があったのだと思う。クリスチャンになったきっかけは、結婚生活と子供の育て方からであった。いろいろな試練を通らされ、障害の子との自殺も考えるようになった。それが夫の転勤でインドネシアに渡り、日本人教会(JCF)に導かれた。そこで「イエス様の十字架こそが私の救い」と気づかされた。21年前のことであった」

●山本兄の今後のリハビリの上にお祈りを!●
 31日にリハビリ専門の病院に転院。言語は明晰ですが、左半身の麻痺はかなりあります。本格的なリハビリが始まっていますが、訓練に耐えていけるようにお祈りください。
1月23日の礼拝
 10月10日(日)以来の竹下力・静兄姉コンビによる礼拝。静姉の賛美が益々磨かれているのを覚え感謝。出席者計33名。

◎「十字架によって与えられた自由」(ガラテヤ4:21〜5:12)◎
 「自由」とは何か。キリストは神でありながら、神のあり方を捨てることが出来ないとは考えないで、十字架までをも背負われた(ビリピ2:6〜8)。ここにキリストの自由さがある。
 それに比べると、私たちの考える「自由」は、自分中心(罪)に偏っていることがわかる。しかし、この十字架によって私たちの罪は赦されており、素直に「ごめんなさい」と言える自由が与えられているのである。まさに恵みである。
 ところが、信仰による救いを否定する律法主義では、その恵みから外れ、ただ行ないによるほかなく、裁きへの不安から、指導者の命令に従う「奴隷」となっていってしまう。
 一方、クリスチャンとしての行為は、キリストの愛に感銘を受けて起こる、自由・自発的な「愛」によるものである。キリスト信仰の本質は、そういった神の人との自由で人格的な交わり、そこから生まれる「愛」なのである。

 メッセージの全文を、Holy Hope Project のページで掲載しています。

◎入院中の方々や休職を崩された方のためにお祈りを!◎
 玉木泰司兄(久恵姉の実弟)の食道の手術は28日無事に終了。山本兄は明日からリハビリ病院へ。藤崎一枝姉が不調です。お祈りください。

◎水曜日の「朝祷会」、8時30分からに変更◎
 20年以上8時10分からでしたが、今年からこの時間に。

1月16日の礼拝
 前日の土曜から冷たい雨が降り続いていたが、10時頃には小降りとなり、五十嵐兄も何とか車椅子で来られた。また劉さんも、お正月に中国に帰ったお土産を持って久しぶりに元気な顔を見せてくれた。ただ、午前と午後のご用をしてくれた宮村武夫師が、12月の3週間に及んだシンガポール行の疲れのせいか、いつもの元気がなく心配。礼拝37名。

◎「真理の柱なる教会、その土台」くTテモテ3:14〜16〉◎
 今朝の短い個所で、パウロは「教会とは何か」を明示しながら、主イエスのお働きの全体を、初代教会の賛美からの引用(16節)と思われる言葉を用いて、鮮明に描き出しています。
 「神の家とは生ける神の教会のことであり、その教会は、真理の柱また土台です」(15節)と建築に関わる言葉で分かり易く表現しています。預言者(旧約)と使徒(新約)という土台の上に建てられている教会は、生きた存在であり、絶えず成長し続けていくもの。そして、そこに集う信徒一人一人が掛け替えのない一つの石として形成している建物こそが、教会であるというのがパウロの基本的な考えなのです。
 それで、テモテに指導されたエペソの教会が危機的状況に直面した今、そのメンバーの一人一人が実行すべき振る舞いについて、パウロは事細かく愛をもって記しているのです。

◎山本兄弟.順調に回復中です!◎
 先週は教会に2度ほど電話を頂きました。以前の元気な声に戻りつつあります。
 お見舞いに行った五十嵐姉妹からも、大変元気な様子を伺った。言葉も全く普通ではっきりしており、リハビリも最初は痛みもあるらしいが、大変積極的な様子。病院内のスペースで共にお祈りしたとのこと。
 近く、専門のリハビリテーション病院に移る予定(現在ベット待ち)です。
1月9日の礼拝
●全員による「新年抱負礼拝」 テモテへの手紙第一6章 

 昨年から復活した、年頭に当たっての「抱負を語る礼拝」。
それぞれが今年の抱負、願いを語った。お互いがお互いのビジョン(願い)を分かち合うことが出来たのは幸いでした。
 私たちの心にビジョンを起こさせてくれて、それをはし」とされるのは主である。願わくは、一人一人が主にある希望(ビジョン)を持って、この一年を歩み通したいものである。
 昨年12月26日(日)からウォーレン家で行なわれ始めたCS(教会学校)の計8人に、近所の前山さんら出席計36名。

◎山本兄弟から直接電話が!◎
 1月10日(月)午後、突然に懐かしい声が入ってきた。ベッドから携帯で。声はいつもより低めだが、はっきりとした口調で「教会の皆様にお世話をお掛けしました。くれぐれもよろしくお伝え下さい。お手紙もありがとうございました」。
 「足のマヒはどうですか」と尋ねると、「いまだ軽験したことのない世界です」と。「とにかく焦らずに、じっくりリハビリに励んで下さい。先生方も、教会のみんなが祈っていますからね」と伝えておきました。引き続いて、お祈りを!

◎今年(特に上半期)の祈りの課題◎
 ●隣接地(60坪)を将来の教会堂用地として取得するために
 ●上期26回の主日礼拝が毎回主の霊に満たされるように
 ●2月4日(金)から始まる家庭集会(5月から25年目)のために
 ●3月27日のイースター、5月15日のペンテコステの上に
 ●4月から本格的にスタートするCS(教会学校)のために
 ●山本兄弟の体力回復と適切なリハビリのために
 ●「第25回房総聖会」への参加と聖会の祝福のために

1月 2日の礼拝
 あけましておめでとうございます。
 新しい年、どのような希望をもって迎えられたでしょう。藤崎先生からは年末、次のようなお便りを頂きました。全く同感であります。
「人生観には“上り坂”と“下り坂”の二つの見方があります。高齢者は下り坂にあるものでしょう。しかし、『自髪になるまで、背負って行こう』(イザヤ書46:4)とあります。ですから、最後まで上って行くのがキリスト者の歩みでありましょう。残りの日々が楽しみであり、また平安であります。山本兄のいやしのために祈ります」と。

私たちも、以下のみことばを、今年の教会の「年間聖旬」にしたいと思います。

「もしあなたがたが、キリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこにはキリストが、神の右に座を占めておられます。あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。」(コロサイ人への手紙3章1〜2節)
◎先週 1月 2日の礼拝◎
 元旦から続く穏やかな日和の中、最初の礼拝である「新年礼拝」が持たれた。9時半過ぎには加須から藤崎信先生ご夫妻も到着し、10時からの「準備祈祷会」には13名が参加した。
 礼拝の中で今年最初の聖餐式にも与かることが出来た。その際、藤崎先生が心から強く言われた「聖餐式のある時は、なるべく休まないようにしてほしい。聖餐はわが喜び、わがいのちであると思って参加してほしい」という言葉を教会員は重く受け止めて頂きたい。私たちは、主イエスが私たちの罪を覆って下さった故に、今、主の前に立てることを、またその破格の恵みを、いつも謙虚に感謝する者でありたい。池田兄姉、根井さん、沙田さんら出席33名。
 昼食後、「1月誕生者」の佐々木卓也兄・奥野姉(共に3日)とウォーレン志保子姉(28日)の3人が皆から祝福を受けた。

◎「支えられた日々」(ホセア書8章)◎
 高浜虚子の句に「去年今年(こぞことし)貫く棒のごときもの」というのがあるが、私たちも聖書を「預言者、イエス・キリスト、使徒たち」という棒のごときもので読みたいものである。
 ホセアは預言者の学校で勉強した者ではない。今日風に言えば、彼は信徒であり、また良き家庭人であった。しかし、その悩める家庭問題(妻の不貞)を通して神に召されたのである。彼は、イスラエルの民が契約を破り神の恵みを斥けたという理由で、イスラエルの国が滅亡することを預言した。
 私たちは神の掌に刻みつけられた者、またイエスの祈りの中にあることを覚え、支えられた日々を感謝して生きたい。

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市川家庭集会 毎月第一金曜 夜7:00〜
●12月 3日(金) 羽鳥明先生 特別賛美「ロング会」
12月3日(金)夜。「ロング会」による「メサイア」からの特別賛美のあと、羽鳥明先生が「クリスマスの真実」。出席43名。

●11月 5日(金) 横山匡
(ただし)兄弟(クリスチャン写真家)
 11月5日(金)夜。聖書の世界を撮り続ける横山匡兄弟が、ギリシャとその文明四千年の歴史をスライドで。出席34名。
10月1日(金) 五十嵐有爾・葉子夫妻(白洋舎)
□10月の<市川家庭集会>報告□
10月1日(金)夜、一年ぶりの五十嵐有爾兄弟(自洋舎)が亡き父の生涯を語り、また葉子夫人も証しをされた。出席者32名。

9月3日(金) 太田和功一先生(「クリスチャン・ライフ成長研究会」主宰)
 キリスト者ひとりひとりが、どうすれば主と親しく交わり、霊的成長・成熟を得られるかを共に考える。マルコ15:21より「たまたま」と題して。神の摂理のみ手に感謝!出席31名。
 ジョシュア君が机の下で「迷子の迷子の子猫さん…」と歌い始める一幕も。和やかな集会でした。
●8月の<市川家庭集会>報告
 常田美香&高井いづみコンビによるピアノとボーカルのデュオ。夏の夕べに相応しい楽しいひと時に。
 出席者計47名。
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